2010/09/26

京成電鉄AE形(AE1編成)

今年の7月17日に「成田スカイアクセス」が開業し、スカイライナーも日暮里ー成田空港間を最速36分で結ぶ3代目に刷新されました。
車体のデザインには山本寛斎さんを起用したそうです。先頭部は西洋の騎士が被る鎧のようなイメージを感じます。対照的に側面は白を基調とした端正なイメージです。また車内はドーム形の天井を採用して広々とした空間を演出しています。
最高運転速度は160km/hということで、私鉄の特急電車としては最高峰の存在です。ただし全区間で160kmだせるわけではなく、写真のように線路端に布団までほしてある京成本線内では、2代目同様の走りとならざるを得ないでしょう。
写真のAE1編成は2009年8月に日本車輛で完成したものです。AE形は7月の「成田スカイアクセス」開業までに64両〈8両編成8本〉が製造されました。

京成電鉄3000形(3012編成)

京成線の普通電車の主力となっているのが、2003年から製造されている3000形電車です。いまでは普通のほとんどがこの電車で運転されているような感じです。
車体はステンレス製ですが、側面の凹凸はなく完全にフラットになっています。なんとなく京王の9000系に似た感じだと思っていたのですが、日本車輛のブロック工法により両形式が製造されているそうです。
主回路はIGBT素子を採用したVVVFインバーター制御を採用しています。台車はモノリンク式ボルスタ付き台車を採用し、モーター付きがFS-564、モーター付きがFS-064形を装備しています。
写真の3012編成は2005年2月に日本車輛で完成したもので、3000形の3次車に相当します。現在千葉国体の開催をアピールするマークを掲げて営業運転に就いています。

京成電鉄3700形(3858編成)

京成3700形は1991年から2002年の長期間に渡って製造を継続した電車ですので、途中でマイナーチェンジを行っています。
2000年度に導入された6次車からは、前照灯が腰部から上部にあがったため、正面の顔つきが変化しています。また車内についても、座席の袖仕切りが大型化されたり、一人当たりの区分が明確になったりといった変化があります。
走行機器については、補助電源装置がIGBT素子を採用した静止型インバータになったり、台車が軽量化形のFS-547A/FS-047Aになったりという変化があります。またパンタグラフもシングルアーム式となっています。その他空調装置も改良されました。
写真の3858編成は2001年8月に日本車輛で完成したもので、3700形の8次車に相当します。京急線の羽田空港乗入れ列車の増強を目的として導入された編成です。

京成電鉄3700形(3708編成)

京成電鉄3700形は1991年から2002年にかけて132両が製造されました。京浜急行の品川ー羽田空港間を含めてよく見かける電車です。
車体は軽量ステンレス製で、側面の凹凸が少なくなっています。先頭部だけは普通鋼製となっています。現在の京成電車の帯のカラーは3700形から採用されたもので、既存車両にも波及していきました。
主回路はGTO-VVVFインバーター制御を採用しています。台車はモーター付きがFS-547、モーターなしがFS-047とSU形ミンデン台車を装備しております。
写真の3708編成は1991年3月に日本車輛で完成したもので、3700形の1次車に相当します。先頭車のスカートはあとから増設したものです。

京成電鉄3400形(3428編成)

初代スカイライナーは、1990年から2代目スカイライナーであるAE100形に代替されたのですが、走行機器に関しては劣化が少なくまだまだ使用できる状態にありましたので、車体を新しくして3400形通勤型電車として再生されました。
新しく製作された車体は当時の最新型であった3700形に似たものです。ただし3700形はオールステンレス製ですが、3400形は普通鋼製です。塗装をグレーにして3700形と同じように帯を巻いていますので、ほんとうによく似ています。
走行機器は初代スカイライナーのものを再利用しています。主回路は界磁チョッパ制御となっています。現在ではパンタグラフがシングルアーム式に換装されています。
写真の3428編成は1994年3月に大栄車輛で更新工事を完了したものです。当初は6連でしたが、同年7月に8連に増結されました。今でも成田空港行きの「特急」として、三代目スカイライナーを補完する役割を果たしています。

京成電鉄3600形(3668編成)

京成電鉄が3500形に続く標準型通勤電車として、1982年から89年にかけて54両を導入したのが3600形電車です。
車体は骨組みも含めてオールステンレス製となりました。側窓は一段下降式となり、天井も少し高くなったので、3500形よりも少し明るくなったといえそうです。今となっては実際に乗車すると経年もあり、少し古い電車だなという印象があります。
主回路は界磁チョッパ制御を採用し、電力回生ブレーキを使用可能にしています。主電動機は3500形に比較して40%パワーアップして140kwの容量となりました。台車はモーター付きがFS-513、モーターなしがFS-013形で、初代スカイライナー以来実績のある住友のS型ミンデン台車です。
写真の3668編成は1988年3月に東急車輛で完成したものです。その後8連化のために編成がバラされてしまいましたが、1999年2月にVVVF化の上4連で再起し、さらに同年8月に6連に増結され、3600形唯一の6連・VVVF車として活躍しています。

京成電鉄3500形(3504編成)

私佐野次郎にとって京成電鉄といえば、初代スカイライナーと京成初のステンレスカーである3500形の印象が強いのですが、車両の世代交代が進む今となっては3500形も最古参に近い存在となってしまいました。
3500形は1972年から80年にかけて製造された電車ですので、1996年から機能維持を目的として比較的規模の大きい更新修繕を実施しています。残念ながらいざ工事を始めると予想以上に車体が傷んでいることがわかり、全車への施行は断念されました。そのため原形のまま4連で普通列車で走っている仲間もいます。
更新車は前面のマスクが刷新され、側面の窓枠を黒くふちどるなどで印象が変わり、精悍な面構えになっています。また車内についても当時の新車である3700形の水準に近づいています。
写真の3504編成は1972年12月に東急車輛で完成したもので、3500形の1次車に相当します。1996年3月に大栄車輛で更新修繕を実施しています。

211系1000番代(タカC15編成)

 宇都宮・高崎線用として、高崎車両センターに211系電車295両が配置されておりますが、同じ211系でも東海道線用とは一味異なります。
 東海道線用では基本編成が10連、付属編成が5連となっていましたが、宇都宮・高崎線用では将来の転用に伴う短編成化を考慮してか、すべて5連単位で製作されました。そのためモーター付き車両は運転台付きのクモハと中間車のモハでユニットを組む構成となっています。
 115系の代替として製造されたため、当初はグリーン車も連結していませんでした。また東海道線用にはない、ドアの半自動スイッチが設置されています。現在のE231系では、宇都宮・高崎線用と東海道線用には仕様の差異はほとんどないのですが、国鉄からJRへの移行前後に登場した211系の時代には差異がありました。
 写真のタカC15編成は、2006年8月に旧A47編成とA15編成に東海道線から転用したグリーン車を組み合わせたものです。グリーン車に置き換えられたサハ2両は廃車となっています。

2010/09/25

東京都交通局8800形(8801号)

 荒川線では老朽化した7500形電車の取替用として、2009年から8800形電車を投入しています。いかにも21世紀の電車だなと思えるような外観の電車です。
 車体は8500形同様の普通鋼製ですが、前面はFRP製になって3次元曲面ガラスを用いています。また側窓周りを黒く塗装して、シャープな感じを出しています。ローズピンクとアイボリーの塗り分けというデザインは今までの荒川線になかったものですが、一般投票で決定したものです。
 走行機器については2007年に登場したレトロ電車9000形に準拠しています。主回路はIGBT素子を用いたVVVFインバーター制御を採用しています。車内の案内表示は15インチの液晶画面となっています。
 写真の8801号車は2009年3月にアルナ車両で完成したものです。8800形は現在5両が活躍していますが、最終的に10両が揃う計画となっています。

東京都交通局8500形(8503号)

 現在荒川線では8800形電車の増備が進められていますが、1990年代前半にも都市再生のシンボル的な意味合いで8500形電車が投入されました。荒川線としてははじめての新造車でもあります。
 車体は普通鋼製で、窓をできるだけ大きくして明るい感じを出しています。また車体の寸法ですが、在来車より少しだけ長くなっています。その他車内案内情報装置も設置されました。
 主回路はVVVFインバーター制御を採用し、駆動方式は平行カルダン方式としています。またブレーキ装置は電気ブレーキと空気ブレーキを併用しています。
 写真の8503号車は、1992年4月にアルナ工機で完成したものです。8500形の製造は5両で完了しました。

2010/09/23

東京都交通局7500形(7511号)

 鉄道を撮影するには、望遠系のズームレンズを使用することが多いですが、線路端に寄れるときには50mmの標準レンズも有効です。
 ズームレンズとは異なり、単焦点のレンズだとベストな構図を探すためには自分が動きまわることになります。これがなかなか心地いいです。撮影にはスポーツ的な要素も多分にあります。
 それにしてもデジタル一眼の隆盛によって、鉄道写真は大きな恩恵を受けていると感じますね。何も考えなくてもそれなりの写真が撮れる。そして少しの工夫を加えることで写真がどんどん変わっていく。
 阪堺電軌の塗装をまとった荒川線の7511号を今回は50mmの単焦点レンズで狙ってみました。濃緑色に橙色の窓周りがいいアクセントになっているのがよくわかります。

東京都交通局7000形(7029号)

 荒川線の7000形電車は、1978年のワンマン運転開始とともに車体を新しくしましたが、冷房装置はありませんでした。1985年以降に冷房改造を行うとともに、現在のグリーンの帯を巻いた塗装に塗り替えています。
 7000形の更新車体で特筆すべき点は、車内に段差がないことです。このために小さい車体の空間を有効に利用できています。ちなみに最近のバスはノンステップ式が主流となっていますが、座席に段差があったり不自然なレイアウトにならざるを得ませんね。
 電気部品は再利用しているので、走行音は昔ながらの都電そのままです。賑やかであり、温かみのある走行音です。
 7000形は31両が車体更新されましたが、いままでに9両が廃車となっています。そのうち4両は豊橋鉄道市内線に譲渡され、3500形として走っています。

2010/09/21

東京都交通局7000形(7022号)

 都電荒川線でもっとも多く走っているのが7000形電車で、22両が在籍しています。荒川線で走っている電車の合計は39両ですから、半数以上を占めていることになります。
 撮影していると当然7000形が多くやってきます。その中でももっとも目立つのがワンマン化当時の塗装に復元されて走っている7022号ですね。
 車体更新から30年近くが経つ現在でもそれほど古臭い感じはしませんね。手入れが行き届いているのでしょうか?
 ワンマン改造当初とは異なり冷房がつき、パンタグラフは最新のシングルアーム式・行先表示はLEDに換装されていますが、十分に当時の姿を再現しています。

2010/09/20

東京都交通局7500形(7510号)

 私は鉄道ピクトリアル誌の臨時増刊号である「鉄道車両年鑑」を読むことを毎年楽しみにしております。今年も2010年版が刊行されました。
 「鉄道車両年鑑」を読むことによって、1年間のJR・私鉄の車両の動向を把握できるというわけです。私は1985年度版から買い始め、多忙にかまけて買い損ねた1997年度版と1999年度版を除いて手元においています。
 今年の年鑑に目を通して驚いたことは都電荒川線の7500形が5両まで減少していたことでした。新車の8800形が5両、レトロ電車の9000形が1両増備されたことで、一気に6両が廃車されたというわけです。
 7500形は1962年に日本車輛と新潟鉄工所で20両が新製されたもので、荒川線には18両が集まりました。16両がワンマンカーに改造され、さらに13両が車体更新を行い冷房化されました。段階的に仲間を減らしながら現在に至っているということになりますね。

2010/09/19

西武鉄道30000系(38102F)

 西武鉄道でもっとも新しい電車が2008年から製造されている30000系電車です。3扉車の101系や301系の代替となる電車です。
 人にやさしい「スマイルトレイン」をコンセプトにしていますが、さすがに電車の顔が笑っているように見えるというわけではありません。
 角ばったデザインの先代20000系とは異なり、たまごをモチーフとしていて丸みを帯びたデザインです。また西武の電車では初めて裾絞りの車体を採用して車内の空間を広げています。
 写真の38102Fは2008年3月に日立製作所で完成したもので、30000系の1次車に相当します。

2010/09/18

西武鉄道20000系(20104F)

 西武鉄道20000系電車は101系電車の置換えを目的として1999年から製造されたものです。1969年の101系の登場から30年を経て、21世紀の電車が西武にも登場したというわけです。
 車体はアルミ製となりダブルスキン構造を採用しています。これは新幹線の700系やN700系などと同じ構造で、外板と骨組みを一体化することにより剛性が向上し、静音性が向上するものです。室内は座席の幅を一人あたり460mmに広げたり、バリアフリーへの対応を進めたりしていますが、さすがに戸袋窓はなくなってしまいました。
 主回路をIGBT素子を採用したVVVFインバーター制御となっています。また保守の効率化を目的としてモニタ装置の充実を図っています。
 写真の20104Fは、2003年1月に日立製作所で完成したものです。10両固定編成で、新製以来新宿線で使用されています。

西武鉄道10000系(10102F)

 通勤圏にありながら観光資源も豊富な川越まで行くには、東武東上線・西武新宿線・JR埼京・川越線の3ルートがありますが、特急電車が走っているのは西武線だけであります。
 新宿線には特急「小江戸」号が走っていますが、通勤電車ばかりではなく選択肢があるのはいいことだと思いますね。たまにはゆっくり座って帰りたいと考える人もけっこういらっしゃることでしょう。
 仕事が終わるとぐったり疲れているということも多々あるでしょう。私ももったいないなと思いながら、特急やグリーン車を利用することがあります。京葉線は快速と普通の本数が控えめですので、帰りにちょうど特急が来ると利用することもけっこうありますね。
 写真の10102Fは、1993年12月に日立製作所で完成したものです。新宿線の特急新設に備えて製作されたもので、10000系としては1次車に相当します。

西武鉄道6000系(6102F)

 副都心線への乗り入れ対応工事が進み、正面が白っぽく塗装された編成が大半となっている西武6000系ですが、新宿線には1992年に製造された1次車2編成がほぼ新製時の姿のままで走っています。
 6000系は西武鉄道の電車では唯一ステンレス製の車体を採用しております。また戸袋窓も残されています。窓が多いこともあり、車内はたいへん明るい印象を受けます。また座席の座り心地もいい電車だと思います。
 主回路にはVVVFインバーター制御を採用しています。省エネルギー化や保守の負担軽減などを図った電車であります。
 写真の6102Fは1992年4月に東急車輛で完成したものです。新宿線系統で使用されており、地下鉄には乗り入れていません。

2010/09/16

西武鉄道3000系(3013F)

 西武鉄道では、長らく片側3か所に出入口を設けた電車を製造してきました。国鉄をはじめとして片側4か所に出入口があるのが一般的であったなかで何故1つ少ないかというと、池袋線の乗客は一度乗車すると終点の池袋まで乗りとおすのがほとんどだったからだそうです。
 現在では東京メトロ有楽町線・副都心線との相互乗り入れも定着し、ある程度利用客の分散が図られているせいか、一般的な片側4か所に出入り口がある電車が主力となっています。
 1983年に登場した3000系がどうやら西武鉄道では最後の3扉車ということになりそうです。新101系・301系を基本としながら、2000系と同じく界磁チョッパ制御を採用し、省エネ電車となっています。前面の顔立ちや側窓の配置も変更されています。
 写真の3013Fは1985年12月に西武所沢車輛工場で製造されたものです。新製時には先頭車のスカートもなく、窓周りはベージュに塗装されていました。

2010/09/15

西武鉄道2000系(2057F)

 西武鉄道2000系電車のうち、1988年以降に製造されたものは車体のデザインが大幅に変更され、新2000系などと呼ばれています。
 正面の行先表示や窓周りを黒く囲んでいるのが特徴です。形態は違いますが国鉄の201系や205系電車などにも見られる意匠ですね。
 また新2000系では戸袋窓が新たに設けられています。製造の途中で新たに戸袋窓が設けられるのは珍しいですね。逆に東西線で走っていた5000系やJR西日本の103系のように改造で埋めてしまうケースのほうが多いように思います。
 写真の2057Fは1989年3月に西武所沢車輛工場で完成したものです。当初は4連で完成し、あとから増結により8連化されています。

2010/09/14

西武鉄道2000系(2405F)

 西武の2000系電車に1983年から増結用として2両編成が作られました。2400番台の車番が付与されているグループです。
 わざわざ2連を作ったのは、2000系電車は他の系列の電車と併結できなかったからですが、今では西武の電車が複数の系列で編成を組むこともなくなっています。
 新製当時とはスカートの増設などにより印象が変化していますが、2個のパンタグラフを装備した姿にはインパクトがあります。
 写真の2405Fは1983年4月に西武所沢車輛工場で完成したものです。新製以来一貫して新宿線で走り続けています。

2010/09/13

西武鉄道2000系(2003F)

 9月中旬となり、ようやく暑さも和らいできました。とはいえまだまだ蒸し暑い日が続きます。外で仕事をされている方はほんとうに大変だと思います。
 私が子供の頃は、国鉄の通勤路線別や大手民鉄の事業者毎に冷房化率なるものが発表されていました。まだまだ冷房のない電車が走っていたということですね。通学でお世話になった京浜東北・根岸線の103系も両端だけが冷房車で中間が非冷房という編成がずいぶんと走っていました。
 西武2000系は1977年に第一陣が登場した形式ですので、非冷房の電車も多く残り、支線区には吊り掛け駆動の電車が健在だった時代から走っている電車だということになります。スカートが付いたり、行先表示がLEDになったりしていますが、まだまだ元気に走っていますね。出入口が無塗装で銀色になっているのがいいアクセントになっています。
 写真の2003Fは1977年3月に西武所沢車輛工場で完成したものです。当初は6両編成でしたが、1983年10月に8両編成に増結されています。

2010/09/12

名古屋市電1401号

 名古屋市科学館には、名古屋市電1400形のトップナンバー1401号車が展示されています。豊橋鉄道市内線で活躍した3100形は、豊橋に来る前は写真のような姿だったわけです。
 名古屋市電は1898〈明治31〉年開業と京都に次いで日本で2番目に開業した路面電車です。全盛期には106.3kmと充実した路線網を擁していました。
 戦前生まれの代表選手である1400形の他、大量輸送に対応できる連接車や無音電車と呼ばれた2000形電車が有名です。広々とした都市計画道路の真ん中を走る名古屋市電は路面電車の理想的な姿であったのでしょう。
 写真の1401号は1936年12月に日本車輛で完成したものです。1974年3月の名古屋市電全廃まで現役として活躍しました。
【撮影:佐野次郎 1992.10.9】

2010/09/11

豊橋鉄道3100形〈3104号〉

 豊橋鉄道豊橋市内線は、豊橋駅前ー赤岩口間4.8kmと井原ー運動公園前間0.6kmからなる路線です。小規模ながら施設の改善も進み、活気のある路面電車です。私こと佐野次郎は1992年の10月に撮影に行ってきました。
 当時の主力は3100形で7両が在籍していました。もとは名古屋市電の1400形で名車とうたわれた電車でもあります。
 豊橋鉄道市内線へはワンマン運転実施のため、1971年にやってきました。私も92年に乗車したのですが、吊り掛け駆動のモーター音を響かせながら元気に走っていました。小さい頃に乗った京都市電を思い出しました。
 写真の3104号は1943年に新潟鉄工所で完成したものです。全廃となった名鉄岐阜市内線から780形が転入したことにより、2006年3月に廃車となっています。3100形は3102号だけがイベント用として在籍しています。
【撮影:佐野次郎 1992.10.9体育館前ー東八町間】

豊橋鉄道3200形〈3202号〉

 名古屋鉄道美濃町線から580形4両のうち3両が1976年と80年に転入してきて、豊橋鉄道3200形となりました。
 3200形は1982年7月の井原ー運動公園前間0.6kmの新線開業に備えて購入した車両でもあります。路面電車の新線というのは非常に珍しいものです。現在でも富山で新線が開通したとはいえ、なかなか後に続く路線が出てきません。
 一方3200形のお里である名鉄の岐阜市内線・美濃町線は2005年4月に全廃となってしまいました。1980年代以降数々の新車が投入されていたにも関わらず、乗客減には歯止めがかからなかったようです。最後まで活躍した仲間たちは、いまや福井鉄道と豊橋鉄道市内線の主力になっています。
 写真の3202号は、名鉄581号として1955年3月に日本車輛で完成しました。1980年に豊橋鉄道に移籍し、1981年6月から走り始めました。1995年6月に冷房改造を受け、いまも現役で走っています。
【撮影:佐野次郎 1992.10.2井原】

2010/09/09

豊橋鉄道3300形〈3302号〉

 豊橋の路面電車には、名古屋や岐阜のほかに金沢からやってきた電車も活躍していました。北陸鉄道金沢市内線2300形2両が豊橋鉄道3300形となりました。
 金沢の路面電車は、狭い道路に軌道が敷設され急曲線も多くあったので、車体が小型なのが特徴です。名古屋鉄道岐阜市内線に移った仲間もいましたが、これらの車体ももちろん小型でした。
 3300形は吊り掛け駆動ですが、間接制御を採用しています。弾性車輪を採用し、路面電車としては高性能で乗り心地も優れた電車であったと云われています。
 写真の3302号は、1961年3月に日本車輛で完成し、北陸鉄道金沢市内線で活躍しました。同線の廃止により1967年5月に豊橋鉄道で走り始めました。車体が小型過ぎて冷房化改造ができないため、2000年3月に廃車となっています。その後鉄道総合技術研究所に引き取られ新技術の実験に活用されています。
【撮影:佐野次郎 1992.10.9赤岩口】

2010/09/05

東京急行電鉄9000系(9013F)

 東横線9000系の9013Fは、以前TOQ-BOX号という広告貸切編成として使用されていましたが、現在でも正面にシャボン玉の装飾を残した姿で走っています。
 以前TOQ-BOX号として使用されていた9006Fは、正面の装飾を撤去してすぐに大井町線に転属になっていますので、9013Fが外観に変化がある唯一の編成ということになります。
 現在東横線に残る9000系はすべて室内更新を受けていますが、行先表示は幕式で、パンタグラフも菱型のままになっています。
 写真の9013Fは1989年3月に東急車輛で完成したもので、9000系としては3次車に相当します。

2010/09/04

京浜急行電鉄1000形(1433編成)

京浜急行1000形のうち、2005年から2006年にかけて完成した8両編成4本・4両編成8本の計64両は降雨時の加速性能を維持し乗り心地を向上する目的で、8両編成は6M2T・4両編成は3M1Tと電動車比率を高めました。これらは新1000形の3・4次車に相当します。
車内は火災対策基準の強化に伴い貫通仕切扉を増設し、アルミ合金製の部材を増やしました。また車端部のクロスシートは補助いすが座席と一体化した国産品に変更されています。行先・種別表示器については新製当初からLED方式が採用されました。
シーメンス製VVVF制御装置の素子はIGBTに変更されました。そのため発車時のメロディーはありません。従来のGTO方式は、機器の小型軽量化に限界があったため、IGBT素子を採用した装置が代わって主流となっていきました。
写真の1433編成は2005年8月に川崎重工で完成したものです。4両編成は、快特・特急の増結用の他、4両単独での普通運用、また羽田空港~新逗子間のエアポート急行では2編成で8両を組成しています。

京浜急行電鉄2000形(2431編成)

 2100形が揃うまで快速特急の主力だったのが2000形ですが、8両編成のほかに4両編成も製造されました。全盛期には2000形の12両編成による快速特急が走っていたというわけです。
 2100形に快特の主役を譲り、3扉のロングシート車に改造された現在では、2000形の4両編成は単独で普通で運用されるほか、快特の増結用としても走っています。
 昨日帰宅時に京浜東北線に遅れが出ていたので、浜松町で降りて都営浅草線の大門で三崎口行きの快特に乗り換えましたが、品川で後部に2000形の4連を増結しました。京急川崎までは相当混雑していましたので、4連の増結は有効に機能しているといえますね。
 写真の2431編成は、1986年3月に東急車輛で完成したものです。2000年7月に久里浜工場で3扉・ロングシート化改造を受けています。