2017/03/26

荒川線7000形(7002号)

横浜在住の私にとって、比較的気軽に撮影することのできる荒川線は、東急世田谷線・江ノ電とともに非常にありがたい存在だと思っています。横浜にもLRT構想があるそうですが、果たして具体化するものかどうか?
現代の日本を視るに、もはや鉄道や地下鉄の新線をどんどん作る状況にはなく、コンパクトシティ化など都市の再開発とからめてLRTや路面電車の出番が大いにありそうですが、具体例はなかなか出てこないですね。
やはりよくぞ残っていてくれたと思うのが荒川線ですね。あと東京では墨東地区に残っていれば100点満点でした。この7000形の車体更新車は、路面電車が時代遅れと言われていた時代に登場した、非常に意義深い存在であったと思っています。
写真の7002号は、1955年12月に日本車輌で完成した旧7056号を、1977年11月にアルナ工機で車体更新したものです。1990年12月に冷房改造が行われました。既に現役を退いております。
【撮影:佐野次郎 2011.7.26 滝野川一丁目ー飛鳥山間】

2017/03/25

荒川線7000形(7019号)

長い間活躍してきた東京都電7000形も、本年限りで現役を退くことになりそうです。7001号が3月まで、7022号が6月までという噂を耳にしました。つい数年前までは荒川線でも最多勢力だったのですが。
といいましても車体を再利用している7700形が8両ありますので、荒川線ではこれからもいつでも見られるわけであります。走行機器は一新されていますから、吊り掛け駆動の独特のモーター音を聞くことはできないことになりますね。
豊橋鉄道に移った3500形4両はまだまだ活躍するでしょう。こちらの走行機器はそのままですね。なんといっても路面電車として現役なのが、喜ばしいことです。京都のバスの高頻度運転を見ると、市電を残した方が良かったのではないかと思います。
写真の7019号は、1977年11月にアルナ工機で旧7073号を車体更新したものです。1987年3月に冷房改造が実施されました。2015年12月に廃車となっています。
【撮影:佐野次郎 2013.12.31 王子駅前ー飛鳥山間】

2017/03/24

京浜急行新1000形(1809編成)

京急の車両のなかでも多数を占める新1000形ですが、2016年に登場した正面貫通扉・4連の1800番台は異彩を放つ存在となります。
朝夕は特急の増結用として8連に増結され、日中は2本つないで新逗子発着のエアポート急行、または単独で普通にと、起用方法も多彩ですね。
都営浅草線への直通運転にも使用できるそうですから、様々な運用に対応できるマルチプレーヤー的存在として勢力を伸ばしていくのでしょうか?
写真の1809編成は、2016年10月に総合車両製作所横浜事業所で完成したもので、新1000形の16次車に相当します。
【撮影:佐野次郎 2017.3.5 能見台ー金沢文庫間】

2017/03/20

東京都電5500形(5501号)

東京都電5500形は、和製PCCカーとも呼ばれている当時としては画期的な電車で、交通局と運輸省・三菱・住友・ナニワ工機などが集まって委員会を組成し、ウェスチングハウス社のパテントを購入して製造を開始しました。
1953年11月に5502号が出場し、次いで1954年5月に5501号が出場し、1950年に5503号から5507号が増備されました。中でも5501号が生粋のPCCカーで、すそまわりが一直線で台車も見えない特殊なスタイルです。
5500形は新製当初から一貫して三田車庫に配置され、品川駅前と上野駅前を銀座通り経由で結ぶ1系統専用に使用されました。1967年12月の銀座線の廃止と運命をともにして全車廃車となりました。
5501号だけは保存対象となり、上野動物園に展示されました。屋外展示であり荒廃してしまいましたが、いったん荒川車庫で保管されたあとに2007年5月から荒川車庫に隣接する都電おもいで広場で展示されています。
【撮影:佐野次郎 2016.10.10】

2017/03/19

京浜急行800形(823編成)

京浜急行800形の823編成は、1月30日から3月14日まで、「KEIKYU LOVE TRAIN」のラッピングを施して運行されました。
これは、京浜急行電鉄が「京急から愛を込めて~KEIKYU LOVE TRAINキャンペーン」を実施したことによるものです。
車両へのラッピングの他、ハート形のつり革を取り付けたり、「ハートのけいきゅんチョコレート」の限定販売や、KEIKYU LOVE TRAINヘッドマーク型の「KEIKYU LOVE TRAINキーホルダー」の限定販売もあわせて行われたそうです。
写真の823編成は、1981年4月に東急車両で完成したものです。当初は3両編成でしたが、1982年2月に川崎重工で中間車3両が完成し、6両編成となっています。2016年11月から新製当初のリバイバルカラーで運行されています。
【撮影:佐野次郎 2017.3.5 能見台ー金沢文庫間】

京浜急行新1000形(1065編成)

京浜急行新1000形の1065編成が、2月6日から3月11日まで、側面に河津桜などをイメージしたラッピングを施して運行されました。
これは、京浜急行電鉄が「三浦海岸 河津桜とまぐろ満喫の旅キャンペーン」を実施たことによるものです。沿線では、河津桜の名所のライトアップなどが行われたそうですね。
三浦特産のまぐろも興味深いですね。我が家では、夕食はたいてい自炊していますが、メインは魚がほとんどになります。外では、肉料理が多くなりがちですが、魚のほうが旨いような気がします。
写真の1065編成は、2006年10月に東急車両で完成したものです。新1000形としては5次車に相当しますが、6次車からステンレス車体になりましたので、アルミ車体の最終グループとなります。
【撮影:佐野次郎 2017.3.5 能見台ー金沢文庫間】

2017/03/11

川崎駅の南武線101系

早いもので、国鉄がJRに改組されてから30年になります。国鉄を代表する特急型電車であった485系や583系電車も今年で完全に現役を退くそうで、国鉄時代に製造された車両もかなり少なくなりました。
今では国鉄時代に製造された車両だというだけで、ファンの注目を大いに引く存在となっています。では、当時の利用者から見て国鉄とはどんな存在だったのでしょうか?JRとはどんな所が違うのでしょうか?
サービスという意味では、現在のJRのほうが圧倒的に良いです。具体例では、駅のトイレに、紙がありませんでした。自動販売機でお金を出して買うのです。駅員さんも、おまわりさんみたいな感じの方が多かったですね。
ただし、運転の技量は上手だったのではないでしょうか?今はE233系などいい電車を使っていますが、ブレーキの利きが良すぎるのか停車時につんのめるような感じのときもあります。また駅構内の雰囲気はそんなに変わりませんね。
【撮影:佐野次郎 1984年頃 川崎駅】